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美しいものだけを見ていたい。

アイドルとジャニーズとWaT

上田竜也なのか、AOLなのか。

生でAOLを見たとき、そう錯覚した。ここにいるのは、上田竜也ではないのかもしれない。京セラドームを、宗教紛いに支配した上田竜也はもしかしたら上田竜也ではなかったのかもしれない。


暴君な王。京セラドームのAOLは上田竜也にそれが乗り移っているようだった。『乗り移る』ことは、上田竜也のソロ(ショー形式)において、必要不可欠なこと。私はそう思っていた。そして、生でART OF LIFEをみたときも、そこには上田竜也はいなかった。私は彼のソロを生で見るのがそれが初めてだった。つまり見比べができない。それでも、私はこれが最高傑作なのだと信じてやまなかったのだ。



最高傑作とはなにか。


代々木のDVDを見た時に感じた率直な感想だ。その日のAOLは無邪気に笑っていた。暴君を越え、それを快楽に昇華させた。そんな狂気に満ち溢れた王。しかし、その無邪気な笑顔からか、上田竜也の内面が見えてくるようだった。



彼はその日、『乗り移る』ことを放棄した。




恐ろしい。上田竜也にこういう思考があるのが、恐ろしい。今まで考えもしなかったことが脳裏に浮かぶ。そこにいたのは上田竜也だった。


美しい。狂気を持った人が、それを爆発させる姿はここまで美しいのか。笑顔の上田竜也から目を離せなかった。


2014年・夏。
たった5分の間だけ突如として表れたAOLという暴君な王は、上田竜也を支配してしまったのか。そこまで思わさせられた。





上田竜也なのか、AOLなのか。


そんなの関係ない。そこに立つ王は。
部下をはべらかし、部下を痛めつけ、それでも観客に手拍子を強要する王は。
美しかった。それだけでよかった。



代々木でのAOLは、ショー形式の上田竜也ソロ曲で新しい可能性を見出せたのではないかと思う。全てが彼で全てが彼でない。そんなソロを歌う上田竜也は、今度は何を見せてくれるのだろうか。




おわり。